親戚や友人と
今年もトンちゃんの誕生日に電話がかかってきた。
トンちゃんの親戚女性からの、年に一度の電話。
普段は全く付き合いもなく、トンちゃんは元々この人に
よい感情をもっていなかった。
元々変わり者で、電話をしてきても、
用のない相手には「お久しぶりです。お元気ですか。」の挨拶もない。
こちらが言っても返答もない。
誕生日は、こちらがどんな挨拶をしても、
「トン子さんいますか」だ。
会えば、もっと普通の人だが。
年はトンちゃんと同じ90歳。
同じように元気で「美しい」。もっとも10年以上あっていないが。
義理の関係だが、トンちゃんとは「立場が似ている」そうで、
変わり者なりの友情を感じているらしい。
トンちゃんが我が家にきたあとも、欠かさず年に一度の電話。
ちなみに、トンちゃんの誕生日を間違って覚えていて、訂正不能。
それ以外は、しっかりしたご様子。
トンちゃんも最初のころは、電話にうれしそうに応対していた。
でも、相手はトンちゃんの今の生活について色々次々
聞いてくるようで、トンちゃんの応対が怪しくなる。
認知症得意の取り繕いをして、自分の得意な話に摩り替える。
それを延々繰り返す。
トンちゃんの体は、電話を切りたくて切りたくでウズウズしているのが
可愛そうになる。
最初のころは、プレゼントやカードも届いたたが、
それに対する返礼が色々と難しくて、私たちも頭を抱え、結局何もしなかった。
返答がないと電話がかかってくることもあった。
でも、私たちも100%管理はできないし、
本人がもうキチンとした交際をできないことを、いずれは察してくれると思っていた。
そもそも長年の1人暮らしができなくなったからこそ、
色々あって末っ子の、田舎の家に引取られたのだから。
今年の誕生日には、もちろんトンちゃん不在。
何度かの留守電の後、
えて君がでて、「ホームに入って、元気に暮らしている」ことを話した。
すると、「電話を掛けたいので、電話番号を教えてくれ」だ。
部屋に電話があるわけではないし、やんわりとそれもお断りをした。
数日後、今度は手紙が来た。
「連絡をとりたい。話したい。」のだそうだ。
用があるわけではない。
手紙をいただいても、返信できるトンちゃんではない。
読めるといえば、字ズラは読めるかもしれない。
彼女が誰なのかは、わからないと思う。
またやんわりとその辺のことを書き、仕方なく住所は教えた。
90歳の彼女の能力は分からない。
彼女に対して、トンちゃんが認知症であることを詳しく説明するつもりはない。
義理の親戚に対するトンちゃんのブライドもあろうかと思う。
心ある人ならば、「衰えたのだなあ」と察してくれると思う。
あえて口ごもる私たちを追及しないと思う。
同じ90歳の彼女に、トンちゃんの現状を詳しく伝えることは、
彼女に対しても残酷だと思う。
彼女が多少衰えているのであれば、やはりそれはそれで、
認知症について詳しく話すことに意味はない。
察してほしい。90歳、衰えるのが普通。
そっとしておいてほしい。
私たちは、認知症というものについて「病気」と理解しているから、
恥じたり隠したりするつもりではないけれど、
トンちゃんを自然にfade outさせてあげたい。
もちろん、トンちゃんが大好きだった相手なら、
送迎してあわせてあげたいとも思うけど。
でも、相手も90歳。
たとえ心身ともに元気であっても、友人はもう何人も残っていないのだろう。
行動範囲も広いはずがなく、新たな友人ってそうはいないだろう。
だからこその、トンちゃんへの執着か・・・。
そう思うと、彼女のことも少し理解できる。
長生きをすると、悲しさも、寂しさも、深いのか。
長生きにも覚悟がいる。
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長年ここに書くことで、自分の気持ちを落ち着かせ、整理し、
皆さんの温かいコメントに励まされてきました。
今は、トンちゃんも実親も小康状態。
私はメマイも治まり元気ですが、
年のせいで目の疲れがひどくなりました。
パソコンを含めて、目を酷使する趣味ばかりで。
これを期に、少し更新を休んで、
目と心をリフレッシュしたいと思います。
え、まあ、最近更新サボってますから、今さらっちゃ、今さらで(デヘへ)
いつも読んでくださってありがとうございました。
介護中の「同志」のみなさんが、少しでも息抜きができ、
状況が好転しますようお祈りしています。
皆さんの頑張りが、支えでした。
ブログをやっている皆さんのところには、
変わらず時々お邪魔させてください。
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